事実は小説よりも奇なり。実話を元にした映画は、心を揺さぶります。今回はルワンダ虐殺時代にルワンダで働いていた「デヴィッド・ベルトンの体験」実話を元にした映画「ルワンダの涙」のあらすじやネタバレ情報、映画の感想を紹介していきます。

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実話映画「ルワンダの涙」あらすじ
ルワンダの首都、キガリの公立技術学校に教師として派遣されていたジョーは、校長のクリストファー神父や子ども達と共に、穏やかな日々を過ごしていました。外ではツチ族とフツ族の争いがあったものの、国連軍に守られて学校で暮らすジョーの周囲には、あまり影響はありませんでした。ところが4月、フツ族出身のルワンダ大統領を乗せた機体が撃墜されると、状況は一変します。
大統領機を撃墜したのが、ツチ族だと確信するフツ族は、手に鉈を持ってツチ族を皆殺しにするための民兵と化します。学校の門の前には、虐殺を逃れた2500人を超えるツチ族の人達が、助けを求めて押し寄せます。「学校は難民キャンプではない」と国連軍は受け入れを拒みますが、クリストファー神父は国連軍の反対を押し切って、全員を学校の敷地内へ避難させます。
街のあちらこちらでは、鉈を持ったフツ族民兵が、次々とツチ族を殺し、女子どもを含めたおびただしい数の死体が転がっています。国連軍は駐留していますが、平和の監視が目的で虐殺を阻止することができません。
やがて状況は悪化の一途を辿り、ジョーやクリストファー神父は決断の時を迎えます。
この実話映画「ルワンダの涙」見どころとネタバレ情報
大きな線引きはなかったフツ族とツチ族に起きたもの
フツ族とツチ族はかつてルワンダの宗主国だったベルギーが、見た目の僅かな違いから分けたものです。しかし1994年の大統領機撃墜事件から、フツ族によるツチ族に対する大量虐殺が始まります。
この映画は全てのシーンを現地で撮影しただけでなく、制作スタッフに実際大量虐殺を生き延びた人達がたくさん関わっていることがエンドロールで流れ、衝撃を受けます。
主人公ジョーとクリストファー神父の人種を超えた絆
主人公のジョーとクリストファー神父は、人種を越えたとても温かい心で、過酷な現実を受け止めていきます。しかし、一緒に学校で働いていたルワンダ人のフランソワが、次に逢った時には血に染まった鉈を手にしたフツ族の民兵になって現れます。少し前まで仲間だった人が、何のためらいもなく虐殺を行っているという現実に、言葉にならない怖さを感じます。
国連軍も駐留していますが、何も手だしが出来ないことから、撤退させるための挑発行為として民兵に殺害される事件も起こります。
学校に避難した人達は、一日一食、燃料が足りなくなると、聖書を燃やしてしのぎます。
この悲惨な状況に、「30年間この大陸で暮らして変わらずあるのは希望だった。今はそれもなくなった」とクリストファー神父は言います。
やがてフランス軍がトラックで学校に救援に来ますが、ヨーロッパ人だけを救出して、ツチ族の人達を置き去りにします。ジョーとクリストファー神父は国連軍と共に学校に残りますが、その国連軍にも撤退の命令が出て、民兵に気づかれないよう荷造りが始まります。
クリストファー神父は、教会でツチ族の人達に聖体拝領を行います。
それは神父としてツチ族の人達に神の祝福を祈り、神の加護によって虐殺が終わることを願ったものでした。
ジョーは国連軍の車に乗り、学校を去ることを決めます。
「せめて撤退する前に子どもだけでも銃殺してくれ、鉈で殺されるよりましだ」と懇願するツチ族の人達を苦渋の思いで振り切りながら、国連軍は学校を後にします。
クリストファー神父はツチ族の人達と残り、子ども達を学校のトラックの荷台に寝かせて、脱出を試みます。
国連軍や神父のトラックが出て行くと、学校の外にいるフツ族の民兵は歓喜の声を上げ、笛を高らかに鳴らします。「作業開始!」の合図と共に鉈を持った民兵は、学校へ雪崩れ込みます。
実話映画「ルワンダの涙」の感想
イギリスBBCの女性記者が、「ボスニアでは毎日泣いていた。女性の死体を見て、これが自分の母だったらと思えたから。でもここでは涙も出ない、どんな死体を見てもアフリカ人の死体にしか見えないから」と言います。
これが欧米諸国やアジアに住む多くの人の、ルワンダ虐殺に対する正直な気持ちなのでは、と思います。
映画の最後にも国際社会がいかに無関心で、この惨劇を黙殺したかを象徴するエピソードが出てきます。
また、ジョーやクリストファー神父と並ぶもう一人の主人公として、マリーというツチ族の少女がいます。走ることが得意なマリーは、生きるために走ります。そして最後に、命あるもののするべきことを静かに教えてくれます。
私達が絶対に目を逸らしてはいけない現実を語るマリーが見つめるのは、過去ではなく同じ過ちを繰り返さない未来なのだと感じました。